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『貝の子プチキュー』 茨木のり子作 山内ふじ江絵 福音館書店 2006年
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みたことのないものみようとおもって ぼくいろんなものみたいんだ
ひとりぼっちの小さな貝の子プチキューが、海をどんどん歩きます。
おおぞらはもうふるような星月夜でした ・・・
不思議なリズムを刻む、くちずさみやすい文。 不思議なうずを映す、魂のふるえるような絵。 大型の絵本一面に広がる、貝の子プチキューの、びいどろのような繊細な世界。 表紙に惹かれたら、ぜひ手にとって贅沢な絵本を開いてみてくださいね。
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貝の子プチキュー。 不思議な名前。不思議な韻。 何より表紙の青・・・。幻想的で、神秘的で、ゆらゆら、深い深い海の底、光と影とうずの底、ひそやかにいとなまれている命の小さな秘密を切り取って、その一瞬を、濃密に描きとどめているような、とてもとても魅力的な絵。
表紙の絵に惹かれたら、ぜひ本文を手にとって見てください。 子どもが抱えるには少し大きいような、贅沢な重みの、大きな絵本。 ページをひらくと、まるでケーキのクリームのような、とろりと甘い、淡い色。それから、ざわざわと濃い色、繊細な凹凸に複雑な陰影を刻んだ、砂壁のような塗りあと。 貝の子プチキューや、海の仲間たちの、均整のとれた確かな輪郭と、それらをとりまく美しい世界の、くだける波しぶきのような、混沌とした不思議な密度に満ちた部分。 青と緑の間をゆらめく海の不思議が、夢の中のように美しく浮かび上がる一面の絵。
きれい・・・。 圧倒的な美しさ。
「この絵本は、長い時間をかけて描かれ、心血を注いだ代表作といえる。」 と、絵本の巻末の、画家の山内ふじ江さんの著者紹介にあります。 本当に、いったい、どれほどの時間をかけて描かれたのでしょう・・・。
物語も、いつのまにか岩をもくだくような秘めた力を持ちながら、くりかえす海の波のように淡々と静かで、ひたひたと胸に迫ってくる美しい童話。 貝の子プチキューが、まだ見ぬなにかきれいなものを求めて、海の底を歩いて旅する物語。 つるんと手触りのよい宝石のように、きらきら輝きながら、耳にすとんとなじむ言葉たちが、幻想的な調べをつむいでいます。 その結末は、私にとっては少し切なかったけれど・・・。
個人的に宮沢賢治さんのいくつかの童話を思い出しました。
この作品は、詩人の茨木のり子さん(1926-2006)の残した、唯一の絵本、だそうです。 (『貝の子プチキュー』著者紹介より)
忘れがたい残像を結ぶ大切な絵本となりました。
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『ねことしっぽ』 山内ふじ江さく 福音館書店 1991年 こどものとも2001年特製版 品切れ
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うんにゃーん?ねこはふりむいた けれどしっぽはしらんぷり そらをみあげてしらんぷり
気まぐれでやんちゃなねこと、そのねこの無邪気で元気なしっぽの、ユーモラスなおいかけっこを、巧みな絵と言葉で美しく描いた、優雅で愛らしい絵本。
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ねこは不思議。 ねこのしっぽはますます不思議。 音もたてずしっぽをたてて歩くねこ、生き物のようにするりくるん、ふわりとくねらせてみがまえるねこ、自在なレーダーのようにくるりくるりとはりめぐらせてゆうゆうとねむるねこ・・・、ねこにしっぽがついていると思っていたけど、もしかして、しっぽにねこがついていたりして? ・・・なんて、つねづね不思議に思うこと。 ねことしっぽのハーモニー、あるいは、不協和音(?)、ユーモラスな行動の時間差、温度差を、しっとりとした美しい絵と、リズミカルな言葉で描いた、愛らしい絵本。
ねこがぐっすりねています。 でもしっぽはさきにおきています。
ねこはおなかがすいています。 でもしっぽはそとであそびたい。
・・・
ふっくらみずみずしく描かれた、ねこにちょうどの長さと重み、ねこにぴったりの表情と動きが、気まぐれなねこの質感を見事にとらえていて、思わず手招きしたくなります。
鉛筆のやわらかいタッチと、やさしいパステルカラーで、美しいカード集のように仕上がった、端正で気品あふれる絵本。 たっぷりとした余白の中、白くふちどられた写真のように、トランプの絵柄カードのように、やんちゃなねこのひとつひとつの場面が丹念に描かれて、おさめられています。と思ったら、そこからほんの少しだけ、いたずらなねこのしっぽや、かごやはっぱのさきっぽが、いきいきとはみ出していて、お茶目。 この、枠の中にきちんと描きながら、端のある部分だけを効果的にはみ出して描く粋なレイアウト。 伝統的でかっちりと美しくありながら、ちょっぴりはみ出す勢いのよさ、繊細な奥行きが、とても好きです。
大真面目なねこと余裕のしっぽを、繊細なタッチで大胆に描くユーモラスな『ねことしっぽ』も、どこか、伝統的で洗練された海外の絵本の雰囲気を感じるような気がします。 こどものとも普及版として、常時出版されるようになったら本当にいいのですけれど・・・!
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『かはたれ 散在ガ池の河童猫』 朽木祥作 山内ふじ江画 福音館書店 2005年
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家族も仲間も失った一人ぼっちの子河童・八寸が、人間について学び、その心を読む力を身につけるために、霊力で子猫に姿を変えられ、人里へと修行に出てゆく物語。八寸の行き着いたところは、母親を病でなくした少女・麻の家。八寸は、精一杯猫らしくふるまいながら、見るもの聞くものすべてを学び身につけようとしますが、ある日ひょんなことから、本当の姿を麻に見られてしまって・・・。
夢とうつつのはざまにおぼろに浮かび、ゆるゆるときえていく、一瞬のゆらぎのような、繊細ではかない物語。天蓋孤独になった子河童と、母親を失った少女の、ひかれあい、よりそう魂の軌跡。
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「かはたれ」って何だろう。 カッパの物語、ということだから、カハたれ? あわてていたら、「ばかたれ」?なんて、一瞬見間違えてしまうかも(私だけかな)。 「たれ」という響きは、「悪たれ」とか、「あかんたれ」とか、少し懐かしくて、奥底に愛情を込めたまんざらでもない憎まれ口、というイメージもあります。 「かはたれ」とひらがなで記され、文字通り(かわたれ、ではなく、かはたれ、と)発音してみると、発音のかわいたイメージと、「か」「れ」という文字から、「かれる(枯れる)」という言葉さえイメージしてしまう(私だけか)。
そこはかとなく風情があって、あはれでひなびた雰囲気。
勝手な想像ですが、タイトルと、山内ふじ江さんの白黒のカッパの子のうなだれるナイーブな表紙から、そんなことをつらつら連想してしまいました。
答えは、
「かはたれ(かわたれ)」 夜明け方の薄明。おぼろげな光のなかで、かれはだれか見分け難いとき、の意。「彼は誰。」かたわれどき。古くは、夕暮れどきもこう呼ばれた。 (『かはたれ』表紙カバー見返し より引用)
そうだったのですね・・・。なんて奥ゆかしくて、みやびではかない言葉。 「かはたれ」についての説明は、本文中にも出てくるのですが、そこまで読み進む前に、それまでに読み終えた部分から頭の中でおぼろに形を成しつつある物語の世界全体を通して、そのしっとりとあはれな雰囲気が伝わってきたように思いました。
夢とうつつの入り混じる、今このときのとなりにふっとあるような、ないような身近な住宅地と、そこからほどない場所に(とりあえず現在は、開発されずに)残されている里山を舞台とした、家族と仲間を失った子河童と、母親を失った少女の、魂の共鳴。 心のよすがを失い、自らの力だけで立って進まねばならなくなった少女と河童の、とまどい、ゆらぎを、そしてたどる道を、しっとりと潤う緑の沼のような静かな文章でつむぎ、少女と河童のそれぞれの結末へと導いてくれる物語。
読み応えのある児童書なので、山内ふじ江さんの白黒の鉛筆画の繊細な挿絵はひかえめで、読み手が自由に思い描く余地がそこここに残されています。
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『はしのうえで』こどものとも年少版 福音館書店 品切れ
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はしのうえで
ビーケーワン
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『はしのうえで』 八百板洋子ぷん 山内ふじ江え 福音館書店 こどものとも年少版 2002年1月号 通巻298号 品切れ |
本来の目的もそっちのけで、日がな一日根比べをすると思われた意地っ張りのふたりのじいさんが、ふとしたことから力をあわせ、心をあわせて、充実したのどかな一日を過ごすお話。
表情豊かに描かれた動物たちになぞらえながら、作者のメッセージがこめられた美しい絵本。
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はしのむこうからのっしのっし、野菜を荷車につんだやぎじいさんがやってきました。 はしのむこうからはぶいぶい、森へ木を切りに行くぶたじいさんが、大きな荷車に三人のこぶたをのせてやってきました。 ぶいぶい。のっしのっし。 ふたりはちょうどはしの真ん中で出会いましたが、どちらもいっぽも動こうとはしません。 「やぎじいさんよ、とおしてくれ!」 「ぶたじいさんこそ、さがってくれ!」 ふたりでにらみあっているうちに、ひがたかくなってきました。 ・・・
鉛筆画でしょうか、らくだの毛布のように風合いのよさそうな線画に、軽やかで澄んだ色使いの美しく、みずみずしい迫力の絵本。細部までいきとどいた観察眼と確かなデッサンで、楽しく擬人化された動物たちは、彼らの日々の生活の様子や暮す村の風景までも思い浮かべてしまえそうなほど、いきいきとしています。 ふたりの頑固者じいさんの大真面目にこれみよがしの表情など、思わず噴出してしまいそう。とくに台詞はありませんが、ちょこまかと行動する三匹のこぶたも愛嬌たっぷり。とくにテキストにはありませんが、帰っていくふたりのじいさんの荷車の絵をよく見ると、さらにほほえましい気持ちに満たされるようです。
この物語は、作者の八百板洋子さんが、ブルガリアでの留学生活の中でヤゴドボ村のヴェリカ・イワノヴァというおばあさんに聞いた小さな話をもとに、その話の根底に流れるブルガリアの歴史を汲み取り、作者の平和への願いを込めて書かれたものだそうです。 (『はしのうえで』折込付録 「絵本のたのしみ」 作者のことば「橋の上で」 八百板洋子 参照)
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クリスマスのちいさなおくりもの
ビーケーワン
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『クリスマスの ちいさなおくりもの』 アリスン・アトリー作 上條由美子訳 山内ふじ江絵 福音館書店 こどものとも通巻609号 2006年12月号 |
みんながなかよくするクリスマスイブ。飾る人のいないこの家のクリスマスの準備を進めることになったのは、ねずみたちに頼まれたこの家のねこでした。 てきぱきとしたねこの指図のもとに、みんなが力を合わせたら・・・。
どんな小さなものたちにも、クリスマスの喜びを。 子どもたちのクリスマスへの夢と期待をやさしくはぐくむ、とても美しいクリスマス絵本。 アンティークでクリーミーな色使いと、穏やかになじむような筆づかいが魅力的。 ねこが頼もしく、いとおしくなります。
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クリスマスイブだというのに、この家では、おかみさんがびょうきで、クリスマスの飾りつけがなんにもできていません。 「チッ、チッ、ねこさん、あんたがなんとかしてくださいよ。 こんやはみんながなかよくするよる、でしょ。おれたちもてつだいますから」 「なかよくするよる、だって? ああ、そうだったね、こんやは。」 ねずみに頼まれたこの家のねこは、ねずみたちの力を借りて、みんなのために、クリスマスの準備を整えることにしました。 さあ、この家のこどもたちのくつしたをとってきて、サンタクロースのプレゼントを入れてもらうために、暖炉の前につりさげたあとは、クリスマスの料理づくりです・・・。
普段は気ままにねそべっていても、やるときにはぴしりとやる、姉御肌の頼もしいねこと、ちょこまかしていても飲み込みの早い、働き者のねずみたちの、力をひとつにあわせてこしらえた、特別のとびきりのクリスマス。 ねこのまなざしの穏やかで、茶目っ気をのぞかせながら、いきいきと輝いていること! ねずみたちのまなざしのくるくると愛らしく、真摯なこと! 欧米の手作りの素朴なクリスマスの文化を一緒に味わいながら、子どもたちのクリスマスへの夢や期待がやさしくふくらんでいくよう。
なんといっても、山内ふじ江さんの色使い、筆づかいがとても好きです。アンティークな雰囲気のタイトルの文字まで、もしかすると手描きですよね。 冬の絵本ですが、とろけるような、寒色の美しいミント・グリーンがきりりと効いていて、清らかで愛らしいメルヘンをきらりとひきたてている感じがします。やわらかく筆でなぞったような輪郭が、不思議な燐光を放つよう。 ねこのしなやかさ、ぬくもり、そして瞳の輝きが、いとおしくなるような絵本。
原書は"THE CHRISTMAS SURPRISE" From "Lavender Shoes" published by Faber and Faber Limited, London, 1970 とあります。
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