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『たからもの』 ユリ・シュルヴィッツ作 安藤紀子訳 偕成社 2006年
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「都へゆき、宮殿の橋のしたで、たからものをさがしなさい。」
むかし、まずしい男が夢のおつげにしたがってはるばる橋に行き、衛兵隊の隊長に会った。おつげの話に隊長は笑い、思いがけないことを言った・・・。
空と水、光のとけあう、みずみずしい色使いの、穏やかでおごそかで神秘的な絵本。短いテキストの余韻に、奥深いイラストのオーラに、さまざまなインスピレーションがかきたてられるよう。
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原書は『THE TREASURE』、コピーライトは1978、とあります。1980年コルデコット賞銀賞(オナー賞)受賞作だそうです。 アマゾン洋書ではこちらなど↓
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『The Treasure』 Farrar Straus & Giroux (J)
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むかし、アイザックという、まずしいおとこがゆめをみた。 「都へゆき、宮殿の橋のしたで、たからものをさがしなさい。」 夢だと思ったが、おつげは3度繰り返された。 アイザックははるばる旅をした。 やっとたどりついた都の宮殿の橋には、何人もの衛兵がいた。 アイザックは毎日橋へ通ったが、たからさがしはしなかった。 そんなアイザックをいぶかしく思った衛兵の隊長が、ある日アイザックに声をかけた。 正直におつげの話をしたアイザックに、隊長は笑って、思いがけないことを言った・・・。
ユリ・シュルヴィッツさんの『よあけ』▼(福音館書店)の、冴え冴えとした色の美しさ、ページをめくる音さえためらうような静謐さ、ゆっくりとした静寂の中に身をひたす凛とした空気が、とてもとても好きなのですが、もう一冊、澄み切った色が心までうるおすような、美しい絵本が仲間入りしました。
晴れた空を思わせる澄んだ淡い青、そして、明けていく空を予感させるような、淡い黄色の光、ふたつの重なる澄んだ緑。 ユリ・シュルヴィッツさんの『たからもの』を読んであらためて気がついたのですが、空の青、水の青と、太陽の光の黄色をあわせると、森の緑、野山の緑になるのですね。 空と大地のなじむところに、ほんのりと茜がさして、空には大地を、大地には空を映すよう。互いが静かに響きあっているようです。
それから、印象的なのは、淡い赤。 アイザックが出発する自分の町と、たどり着く宮殿のある町風景には、空の青、水の青、光の黄色、あわさった草木の緑、そして、鼓動を思わせるような赤が用いられています。 この澄んだ、そして少し暗い赤の制服をまとって、宮殿の衛兵の隊長が登場し、アイザックと差し向かう場面があるのですが、ちょうど、にこにこと人のよさそうな笑みをうかべているアイザックと向かい合った姿で描かれているので、後ろ向きの隊長の顔は、見えません。 隊長の顔は、その次の場面で、赤い制服と帽子とともに、クローズアップされ、さきほどとは逆の向きから、つまり、斜め前を向いて、クローズアップされています。ここに、向かい合っているはずのアイザックの後姿は描かれていないので、読み手の私たちは隊長の顔(だけ)をはっきりと初めて目にすることになります・・・似ているのです!アイザックのにこにことした柔和な表情と!
アイザックは全頁を通じて、眠っているときも長い旅の途中も始終にこにこと温和な笑顔で描かれています。アイザックを尋問し、そのおつげ話を笑ったりっぱな口ひげの衛兵の隊長もまた、あざけりやからかいとは違うにこやかなほほえみをうかべていて、身なりやひげをとりかえただけのように、二人の表情はそっくり! 私は、もしかすると双子のようなこの穏やかな表情に、アイザック自身の鏡を見たように思いました。もしかすると、おつげのたからものに導かれたアイザックが、長い旅の果てに出会ったのは、もう一人の自分だったのではないかな、とすら思えたのです。
アイザックが都の橋で隊長に会い、そして家路に着く『たからもの』の物語は、もともときわめて登場人物の少ない物語で、そのほとんどは主人公のアイザックであり、先ほどの隊長です。その二人の向かい合う2場面・見開きの頁の右と左のイラストで、一人だけがこちらを向き、そのこちらを向いている一人の表情や角度が鏡合わせのように描かれていることは、個人的に何かとても暗示的なものに思えました。 さらに何気なく絵本の表紙をひっくりかえすと、裏表紙は、まるで背表紙を鏡とするように、表紙を左右反転したイラスト! もともと、おつげに導かれて行って帰る神秘的なお話で、神秘的なユリ・シュルヴィッツさんの挿絵ですから、さまざまなインスピレーションに満ちていて、他にも考えたり、探したりする楽しみがありそうですよね。
ところで、『たからもの』の神秘的なお話ですが、版元の偕成社さんのHPの、話題の新刊バックナンバーの『たからもの』のページに、訳者の安藤紀子さんのメッセージが記されています(ぜひご一読くださいね)。 そこには、この絵本のお話が、
世界のあちこちで語り継がれてきた「橋で宝物を見つけなさい」という夢を見る話をもとにしているようです。
と、あります。 早速入手した絵本をわくわくと読みながら、「このおはなしはどこかで・・・?」と思ったのですが、私が読んだもののひとつにはこちらがありました。↓
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お母さんが 読んで聞かせるお話 『ロンドン橋でひろった夢』 藤城清治影絵 香山多佳子お話 暮しの手帖社
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「お母さんが読んで聞かせるお話」として、世界中の昔話や民話、童話をあつめて、藤城清治さんの幻想的なカラーの影絵を添えた、ゆらめく燈籠のように美しい物語集。
ごちそうの好きなこびと ロンドン橋でひろった夢 三つのオレンジ スザンカと水の精たち うぐいす姫 クリスマスの鐘 ・・・
など、15話収録。 レンガの町並みときらめく水面、大きなステンドグラスから光のみちあふれる教会の祭壇、空を抱えるように葉を茂らせ、光とたわむれる一本の木・・・。 美しい言葉と美しい影絵で、お母さんと子どもが心に美しいひとときを刻む物語集。
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この表題にもなっている、「ロンドン橋でひろった夢」というお話が、とても似た筋立ての物語で、イギリス民話より、とあります。 お話の結末部分で、たからものを探し歩いた男と、男が橋で出会った男の、その後の物語がちらりとふれられているところも、よく似ていて、すがすがしい余韻です。 最初は信じなかったもののついにはおつげを信じて、長い道のりを歩いた正直な男と、おつげなど信じないものの正直に暮らしている男の、つかのまの人生の交錯が、長く心に残る作品。
よろしければ図書館などでお読みになってくださいね。
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嬉しいコメント▼で、フラニーさんが、貴重な類話の情報をくださいました(ありがとうございました)!
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『わらしべ長者』 −日本の民話二十二編− 木下順二作 赤羽末吉画 岩波書店
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目次 かにむかし―さるかに ツブむすこ こぶとり 腰折れすずめ ガニガニコソコソ 見るなのざしき 豆コばなし わらしべ長者 大工と鬼六 あとかくしの雪 ・・・
古くから伝わる有名な民話が22編おさめられています。火を囲みながらみんなで聞き入った、語り部の口調をそのまま文字にしたような、木下順二さんのいきいきとした文体が魅力。知っているあのお話も、忘れていたあのお話も、一つずつ大切に子どもたちに読み聞かせてあげたい作品。
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『わらしべ長者』(岩波書店、画像は文庫版)のなかに、「みそ買い橋」という短いお話がおさめられています。 この「みそ買い橋」のあらすじに、『たからもの』の物語と重なる部分がありました!
むかし、ひだの国はのりくら岳のふもとの沢上という村に、長吉という正直な炭やきがおった。ある晩寝ておると、ゆめの中にだれやらが出てきて、 「おい長吉、高山の町へいって、みそ買い橋の上に行って立ってみちょれ。きっといいことがあるだぞ」 といって教えた。 長吉は、さっそく、商売の炭をせおうて、高山の町へ行って、・・・・。
長吉がみそ買い橋の上で出会って、思いがけない話を聞くのは、とうふ屋のおやじです。 日本にも、このモチーフは伝わっていたのですね。 ただ、「みそ買い橋」の場合は、結末に、その後のとうふ屋のおやじのことは出てきません。長吉がどうなったか、ということが、短い文章で記されているのみ。
夢を信じてはるばる橋に行って、思いがけない話を男に聞いて、帰って来たら、夢は本当だった・・・それだけでも、あざやかなどんでん返しで十分面白い物語だと思いますが、『たからもの』や「ロンドン橋でひろった夢」が、その後の、信じた男と話した男のエピソードにまでさりげなく触れているのは、不思議で、とても味わい深いなと思いました。
それにしても、木下順二さんのとうとうと流れるような語り口の民話たちは、どれもあらためて、民話の手触り息遣いを感じさせる魅力的なものばかり!
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