■キム・ドンソンさんの絵本 |
金東成 Kim, Dong-Sung 1970年韓国釜山生まれ。弘益大学東洋画科卒業。絵本のほか、広告などのイラスト分野でも活躍。他の邦訳には、『あまのじゃくなかえる』(少年写真新聞社) (『かあさんまだかな』フレーベル館 表紙カバー裏見返し著者紹介 より) |
『かあさんまだかな』*洋書 |
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『かあさんまだかな』 文/イ・テジュン 絵/キム・ドンソン 訳/チョン・ミヘ フレーベル館 2005年 |
ぼうやがかあさんを待っています。 ただ、鼻だけを赤くして。
理由がわからなくても、ただひたすら信じて待っていた、子どものころの切ない思い出も、いっしょに温めてくれるような絵本。
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ぼうやがてくてくやってきて、ていしゃばによじのぼった。 さむさではなをあかくして。 すぐにでんしゃがやってきた。ぼうやはうんてんしさんにきいたよ。 「ぼくのかあさんは?」 「しらないねえ」 うんてんしゅさんは”チンチン”とかねをならすといってしまった。 ・・・
路面電車の走る韓国の古い通りで、ひたむきにかあさんをまちつづけるあどけないぼうやの、切ない情景を描いた絵本。
なぜ、ぼうやはずっとかあさんを待っているのか。 なぜ、かあさんはずっと帰らないのか。 なぜ、ぼうやをひとりで待たせるのか。 なぜ、かあさんはひとりで行ったのか。 そもそもどこへ行ったのか。 一切描かれていません。 どうしてなんだろう、なぜなんだろうと、静かなセピア色のページをめくりながら、疑問と不安だけがふくらんで、いつしかぼうやと同じように、まちぼうけの気持ちで、ひたすら電車を待っていました。
戦後まもなくの大通りの写真を見ているような、木造2階建ての店が軒をつらねる町。電線より背の低い家並みにも、人々の服装にも、町を包む冬空にも、華やかな色彩をたたえるものはほとんどなくて、地味で質素で、ゆっくりと穏やか。 ぼうやが待ちつくす停車場で、電車を待つ人々、おりてくる人々、通りすがりの人々の、それぞれの服装や持ち物も、ぼうやと同じくらい大切に描かれていて、毎日の暮らしの匂いを感じます。
ただ鼻だけを赤くして、ぼうやが見上げた空、それから、なじんでとけていく町の遠景の、カメラワークのような、場面の展開。 最初、ピントの甘い古い写真のように思えたのは、密集する家々の屋根の白い雪が巧みに甘く描かれているから。 ジグザグに家々の間をぬって走る電線の上の白い雪も、電線の下に見え隠れする段々の坂道の上の白い雪も、少しずつ淡くぼやけていて、その中を、ピントを少しずつあわせるように、祈りをこめて、眺めていくと・・・。 ああ、そこに、まなざしがぴったりと注がれていたのですね。 描かれているすべてを見届けた後も、まちぼうけぼうやの余韻が、雪のようにはらはらと舞い積もるよう。 まるで短編映画を見ているような絵本だと思ったのですが、もしも映画館で見ていたなら、フィルムが終わって明るくなったあとも、しばらく立てなかったかも。
かあさんを待ったことのある人なら、きっとだれもがぼうやに戻れる絵本。
テキストの作者、イ・テジュン(李泰俊)さんは、1904年韓国江原道鉄原郡生まれ。朝鮮純文学の最高峰として知られ、童話や児童文学を数多く執筆しているそうです。 (『かあさんまだかな』フレーベル館 表紙カバー裏見返し著者紹介 より)
『Waiting for Mom』、テキストのコピーライトは1938年、by Lee, Tae-Jun イラストのコピーライトは2004年 by Kim, Dong-Sung 、Oiginal Korean edition published by Sonyunhangil, an imprint of Hangilsa PublishingCo. by Sonyunhangil, an imprint of Hangilsa PublishingCo. Ltd.とあります。
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『Long Long Time Ago: Korean Folk Tales (ハードカバー)』 Hollym Intl (1998/10) |
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