■フランク・アッシュさんの絵本3

1946年New Jersey生まれのアメリカの作家。1969年『George’s Store』が最初の子どもの本。著書70冊以上。『Mr. Maxwell's Mouse』Kids Can Pr (2004/11)Mr. Maxwell\'s Mouseは、息子Devin Aschさん(イラスト)とのコンビの作品。

『さいごのこいぬ』*『なんでもパパといっしょだよ』*『クマくんのひっこし』*『なかないでくま』*『リンゴとカラス麦』
≫別頁(Moonbearシリーズ1)『ぼく、お月さまとはなししたよ』*『どこへいったの、お月さま』*『かじってみたいな、お月さま』
≫別頁(Moonbearシリーズ2)『あっちへいってよ、かげぼうし』*『あれ、お空がもえてるよ』*『クマくんのやくそく』*洋書

 
『さいごのこいぬ』童話館出版

『さいごのこいぬ』

フランク・アシュ(アッシュ)ぶん・え 
ほしかわなつよやく
童話館出版 
2005年

ぼくはいつだってさいごのこいぬ。新しい飼い主に選んでもらうのだって、ぼくをいちばんに見てほしくて、ほえたりかんだり、いろいろやってみたけれど、どういうわけだか空回り。やっぱりぼくがさいごになるの?

ほのぼのとやわらかなタッチで、切ない胸のうちをふんわり描いて、いつしかほっこりぬくめてくれる、湯たんぽみたいな可愛い絵本。

オンライン書店ビーケーワン:さいごのこいぬ

9匹の子犬の中でさいごに生まれたぼくは、なんでもさいご。おっぱいをのめたのも、めがあいたのも。
ぼくはさいごのこいぬ。
だから、「こいぬうります」の看板が出されて、最初のこいぬが新しい飼い主にもらわれていったとき、ぼくは心配だったんだ。やっぱり、さいごのこいぬになるのかなあって。だから、ぼくはがんばったよ。懸命にほえたり、鼻をかんであげたりね。
やっぱりぼくは、さいごのこいぬになるのかな?

原書は『THE LAST PUPPY』 1980、とあります。
アマゾン洋書ではこちらなど。↓

The Last Puppy
(ペーパーバック)』
Aladdin Paperbacks;
Reprint版
(1989/10/1)

こっくりした色彩の濃厚なタッチのMoonbearシリーズ(邦訳は、『おつきさまとおはなししたよ』評論社 などクマくんシリーズ)などの絵とはまた趣きが異なり、黒い輪郭線を持つ淡い水彩のようなタッチ。とはいえ、かどのとれた和やかなキャラクターは、やはり共通した愛らしさ。

こいぬを選ぶ人たちにぼくを気に入ってもらいたくて、とびついたりかみついたりしたことが、ことごとく(当然のことながら)裏目に出ている愛らしい勘違いなども、フランク・アシュさんの絵本に共通した無邪気なユーモア。

なんでもさいごのみそっかすのこいぬのほほえましい失態に、いつしかがんばってなんて応援しながら、ページをめくってしまいます。
やっぱりなの・・・?と、思わせたところで、ふわりとすくいあげられる結末がいいなあ。きっとどこかにわたしを待っている人だっているんだよね。
勇気が出てくる愛らしい絵本。

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『なんでもパパといっしょだよ』評論社

『なんでも
パパといっしょだよ』

 

フランク・アッシュえとぶん
山口文生やく
評論社
1985年

パパとママとぼく。
ぼく頑張ってひとりでやってみるよ。
パパみたいにね。

大好きなパパとママの愛情につつまれて、すこやかに成長するこぐまの、満ち足りた普通のある日を描いた、愛らしい物語。ちゃっかりしたユーモアを添えて。

あさおきて、
うーんとおおきなのびをした・・・

パパみたいにね。

きょうはみんなでさかなつり。
いくとちゅう、はなをつんで、
ママにあげた・・・

パパみたいにね。

何でもパパみたいにやってみる、可愛いこぐまのぼうやのまねっこ絵本。
ページをめくると、
「パパみたいにね。」
と、こぐまのお手本となったパパのしぐさが、こぐまそっくりに描かれています。そのそっくりぶりは、まるで双子みたいで、体や足のバランスが巧みに異なるほかは、茶色の毛皮も服装も、顔も、表情も、みんなおそろい。どっしりと安定したフォルムでシンプルに描かれたくまの家族のみんなが、穏やかな満ち足りた表情をしていて、見ているこちらまでほのぼの和んでしまいます。

何でもできる頼もしいパパ。パパを尊敬し、信頼し、何でも模倣する愛らしいこぐま。ひかえめに登場しながらもこぐまとパパの大切な中心となっているママ。
まるで幸せな家族のお手本みたい。
くりかえしのトントン拍子で楽しく読ませて、とどめにちょいとまぜっかえすお茶目な結末が、こぐまの家族のしっかりと安定した絆を感じさせます。
わけても、パパのあの顔がたまりませんよね!
(ま、多少のカカア天下は円満の秘訣かもしれませんしネ。きっと、くまくんはしっかりちゃっかりと家族の力関係を的確に把握しているものと思われます。)

フランク・アッシュさんの他のクマくん絵本・『ぼく、お月さまとお話したよ』『かじってみたいな、お月さま』(ともに評論社)などのクマくん(Moonbear)と、そっくりふりふたつのくまくんが主人公ですが、色使いが淡く、タッチが黒い輪郭線にパステル画のような雰囲気になっていて、絵本の版型も異なり、また別のシリーズ、といった趣きです。
くまくんの家族が登場しているところも、大人の登場しないMoonbearシリーズとは大きく異なっています(「幸せな勘違い」も登場していませんしね)
Moonbearのもうひとつの物語、かもしれないし、まったく別のくまくんの物語、かもしれません。そんな想像も楽しい絵本。

原書は、『JUST LIKE DADDY』1981 Prentice-Hall Inc.,New Jersey とあります。
アマゾン洋書ではこちらなど。↓

『Just Like Daddy
(ペーパーバック)』

 

Aladdin Paperbacks;
Reprint版

邦訳の表紙と同じだと思われます。

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『クマくんのひっこし』評論社

『クマくんのひっこし』
フランク・アッシュえとぶん
山口文生やく
評論社
1986年 

すべての荷物をくるまに積み込んで、古い家の戸を閉めたつもりだったけれど、クマくんは大切な忘れ物をしていることに気がつきました。
けれど、それが何なのか、探しても見つかりません。だって、荷物は車の中、部屋には何も無いのですから。
見つからないのは、それが直接目に見えず、形を持たないものだったからです。
けれど、パパのひとことで、みんなは心の目をこらし、耳をすませ、においをかぎ、それにそっと手をふることができました。さよならと。

今まで慣れ親しんだ家と、とうとう決別する淋しさ、切なさを描き、本当の新しい出発を描いた絵本。小さな子どもたちがこれからいくつも出会う、人生のさまざまな出会いと別れにも、通じてゆく物語を、愛らしく親しみやすいクマくんの絵で。

きょうは、クマくんのひっこし。
にもつを、くるまにつみこんで、さあ、しゅっぱつ。
「ちょっとまって、ぼく、わすれものしたみたい」
クマくんは、ひきかえした。
・・・

がらんとして何にも残っていない部屋をクマくんはくまなく探して歩く。
「いえには、なんにものこっていないとおもう?」と、パパ。
「じゃあ、おもいでも、のこっていないの?」
パパのことばに、ママとクマくんがもう一度部屋を見ると、みんなの思い出の部屋が、椅子も家具もそのままに一瞬浮かび上がって、それから消えちゃった。
クマくんとパパはそのあと全部の部屋を回って・・・

この絵本のイラストは、表紙画像のように、どこかアニメーションのセル画のような、くっきりとした雰囲気です。黒い線一本の明確な輪郭線に、きっちりとぬりわけられた明るい色。
他の「Moonbearシリーズ」とは絵のタッチが大きく異なるので、このクマくんのお話は、Moonbearとはまた別のクマくんのお話かもしれません(アマゾン洋書ではMoonbear Booksとなっているので、やっぱりMoonbear なのかも??)。
けれど、どちらもクマくんの純粋さがとても光る絵本。
なんでもパパといっしょだよ(評論社)のタッチと、黒い輪郭線が少し似ていますが、彩色のしあげが異なっており、クマくんとパパの服もおそろいではないので、また別のシリーズなのかもしれません。
けれど、どちらもパパの静かな活躍がとても光る絵本。

簡潔で明快な絵のひとコマひとコマに、丁寧に描かれた丸いクマくんの青い目が、光の差し込む丸窓のようでもあり、光を照らすお月さまのようでもあります。

まったく余談ですがこのおうち、部屋も庭も地下室もきちんとしていて居心地がよさそうで、住んでみたい可愛いおうちですよね。

原書は『GOODBYE HOUSE』1986 Simon & Schuser Inc., New York とあります。
アマゾン洋書ではこちらなど。↓

『Goodbye House
(Moonbear Books)
(ペーパーバック) 』
Aladdin Paperbacks
(1989/5/1)

邦訳と同じ表紙だと思われます。

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『なかないでくま』佑学社 品切れ

『なかないで
くま』
フランク・アッシュ作絵
岸田衿子訳
佑学社
1980年
品切れ

欠けていく大好きなつきを助けたくて、くまは毎晩月にはちみつを食べさせ続けた。自分が食べることも忘れて。夜の間にはちみつを食べているのは、月ではなくてことりだということも知らずに・・・。

もしかすると一番初めに近い、Moonbearシリーズなのでしょうか。物語や絵に初期の雰囲気を感じるものの、すみずみまで丹念でほのぼのとした作風はフランク・アッシュさんならでは。濃密な線画の背景と、簡素なくまの絵の対比が美しく印象的なくま絵本。

あるばん、くまはそらをながめて、はじめてほんもののつきをみた。ひとめでつきがだいすきになった。
ところが、つきはどんどんちいさくなる。しんぱいでたまらないくまも、何も食べられなくなってやせてしまった。
「きっと、つきもごはんをちゃんとたべてないんだ。だから、あんなにやせていくんだな」
その晩から、くまは、つきにたべさせたくて、はちみつを外に出した。つきのかわりに、ことりが食べているなんて知らずに。
つきがどんどんおおきくなるのをみて、くまはおおよろこび。けれど自分はちっともはちみつを食べない夢中のくまは、どんどんやせていく。
そんなくまを見た一羽のことりが、くまにつきのことをおしえようとしたが・・・。

几帳面に繊細に濃密に描きこまれた白黒の背景に、均質な茶色であっさりと描かれたくまの対比が楽しく、不思議な雰囲気の、ほのぼのくま絵本。
Moonbearシリーズとは絵のタッチがまったく異なり、デッサンなどにも初期の面影がうかがえますが、くまはすでに「幸せな勘違い」をのぞかせていて、コトリの原型かもと思われる帽子をかぶったことりも登場するなど、Moonbearシリーズに共通するものがあるように思います。もしかすると、一番初めに近い、Moonbearシリーズといえるのかも。

いったい完成までにどれだけの時間を要したのか、密集した迷路のように、魚のうろこ模様のように、びっしりと描かれた美しい線画の夜空をつくづくと眺めていると、ふと、本当に、魚などの、いろいろなモチーフがさりげなく隠されていることに気が付きました。ちょうちょ、ドラゴン、ぞう、貝、顔・・・。もやもやと不定形のものもありますが、なにやら模様にまぎれながらもまぎれもなく巧みに描き出されていて、ますます不思議な雰囲気をかもし出しているように思います。

原書は『MOON BEAR』1978 Charles Scribers's Sons, New York とあります。

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『リンゴとカラス麦』評論社

『リンゴとカラス麦』
フランク・アッシュ
山口文生やく
評論社
1992年

ともにママの不在を抱えた二頭の子どもが、ひととき、静かな森の奥でいっしょの時を過ごす、詩情豊かな美しい絵物語。
絵本を読む子どもたちの共感をよぶのは、ママから離れていく子ウシの不安かしら、ママのいいつけにそむいているんじゃないかしらといううしろめたさかしら、頼るもののない未知の世界へのおののきかしら、誰にも頼らず足を踏み入れることへのときめきかしら。
それとも、ママを見失っている小ジカの心細さかしら、強がりかしら・・・。
安堵する幸せな結末にも、それだけではない、一抹の切なさがただよう、しっとりとした絵物語。

ある日、牧場の端で野生の小ジカと出会った子ウシは、森の方へ飛んでいったチョウチョをおいかけようと誘われて、
「ママが、なんていうかしら?」
と迷いながらも、身軽くさくをとびこえた小ジカのあとをついて、さくをくぐり抜けてしまいます。
チョウチョはすぐに逃げてしまったけれど、森の奥の小川にはカエルがいて、ふたりは夢中。しばらくして、
「あたし、もうかえる。ママがしんぱいしているわ」
と、子ウシが言うと、
「かえらないで!」
小ジカは、おいしいリンゴを食べに行こうと、子ウシをさらに森の奥へと誘い込みます。
「あなたのママはどこ?」
歩きながらふと聞いた子ウシの質問に、小ジカはそっけなく、
「しらない。はなればなれになっちゃったんだ。きのうの夜、オオカミにおいかけられてからね」
・・・。

ママの目の届かないところへついつい足を踏み入れてしまった不安な子ウシと、ママからはぐれてしまって不安な気持ちを精一杯まぎらそうとしている小ジカ。
小ジカはたぶん、ママがいなくなると、自分ひとりで生き抜いていかなければならないことに気づいています。
子ウシはたぶん、ママがいなくなると、どうすればいいのかわからないけれど、はやくママのところに戻らなければならない、長くママから離れてはいけないということに、気づいています。

Moonbearシリーズのクマくんのように、こっくりとした深い色調で、丹念に細やかに描かれた深い森の風景が、美しく冴え渡っています。
その濃厚な森の色彩の中に、そこだけきわだって明るく白く輝くような子ウシの姿が、ほんの少し森から浮いているような異質な感じも受けます。

子ウシは、生まれたときから牧場のウシ、さくの中の安全な牧場に囲われて人に飼われているウシ。小ジカは、生まれたときから森の小ジカ、さくの外の自由な森に囲まれて危険をてなづけながら生き抜いているシカ。
夢のように美しい森で、美味しいリンゴを食べた子ウシは、今度は小ジカに自分たちの美味しいカラス麦を食べてみないかと誘います。
お百姓さんのくれるカラス麦というものを食べたことのない小ジカを、牛小屋まで案内した子ウシは、ママに再会。
子ウシにとっては見慣れた当たり前の景色がくっきりと丹念に描かれた絵の中には、ママが首のベルトにつけているくさりまでもはっきりと描かれていて、白い斑点以外何も身につけていないすらりとした小ジカと対照的にも見えます。

危険から囲われた安全と、危険に囲まれた自由。
二つの別々の世界に生きる子どもたちのひとときが、月夜に静かに交錯したとき・・・。
月影に浮かび上がる幻想的な結末が、さまざまな余韻を心に刻む絵本。

美しい絵本の表紙画像など絵本ナビでのご紹介は≫こちら

原書は『OATS AND WILD APPLES』1988 Holiday House Inc.,New York とあります。

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