■ウィリアム・スタイグさんの絵本
William Steig 1907-2003年。ニューヨーク生まれ。父母ともに画家、三人の兄たちも、長男は画家で作家、次男は音楽家で作家、三男は詩人という芸術一家に育つ。23歳のときから漫画家として仕事を始める。61歳から子どもの本を描くようになる。『ぶたのめいかしゅローランド』(評論社)オンライン書店ビーケーワン:ぶたのめいかしゅローランドが最初の絵本。3冊目の『ロバのシルベスターとまほうの小石』(評論社)オンライン書店ビーケーワン:ロバのシルベスターとまほうの小石で、1970年度のコールデコット賞を受賞。
(『アベルの島』評論社 あとがき 麻生久美 より)
『アベルの島』*『おとなってじぶんでばっかりハンドルをにぎってる』

 
『アベルの島』評論社

『アベルの島』

ウイリアム・スタイグ作・絵
麻生久美訳
評論社
1980年

川の真ん中の小さな無人島に嵐で流れついたねずみのアベルの、あきらめず耐え抜いた一年を克明に記した壮大な読み物。

何事もなければ都会で優雅な日々を過ごしていたアベルが、脱出の試みをことごとく急流に打ち砕かれ、一人ぼっちで絶望のふちをさまよいながらも、持ち前の知性と強さを失わず、野生のしなやかさにも目覚めていく物語は、忘れかけていた大切なものを、つぶさに思い出させてくれるよう。

アベルの過ごした特別な一年を、誰もが追体験できる濃密な一冊。

オンライン書店ビーケーワン:アベルの島

1907年8月のはじめ、裕福な家庭で何不自由なく育った新婚ほやほやのねずみのアベルは、最愛の新妻アマンダと、ピクニックに出かけた森で、嵐にさらわれてしまいました。風にひきむしられたアマンダのスカーフをつかまえようとして、嵐の中へ飛び出して、スカーフをしっかりにぎったまま、突風にあおられてしまったのです。

たけりくるう風や、さかまく水にさんざんもてあそばれつつも、流されてきた板切れのクギに無我夢中でしがみついて命をとりとめ、ようやく嵐が過ぎ去ってみると・・・そこは、川の真ん中の、誰もいない小さな島だったのでした。

アマンダやみんなが、どんなにアベルのことを心配し、探し回っていることでしょう!
家に帰ったら、どういうふうにこの冒険を話してあげようかと考えたりしながら、アベルは救助を待ちますが、やがて、どうにかして自力で川をわたらなければならないようだと悟りました。でも・・・どうやって?

アベルはかしこくほこり高く、けっしてあきらめないねばり強いねずみです。はたらいたことはありませんが、他の人が仕事をしているところを見たことはあったので、いろいろな思いつきがすぐにうかんできて、見よう見まねなりにも、ありあわせの道具で器用に実行してみたのですが・・・。

今まで都会でお金と愛情に包まれて、働くこともなく優雅に暮してきたのに、一転して川中の無人島に流され、原始的な生活を余儀なくされたアベル。
ただただ大自然の大いなるいとなみの前には頭をたれるばかりで、自分のちっぽけさを思い知るアベル。
ねずみゆえに、木の実などの食料は尽きず、木のうろなどの雨風をしのぎ天敵から身をひそめる場所にも恵まれてはいますが、同時に、ねずみゆえにどうしても川をわたることができません。救助のあても脱出のすべもなく理解者もなく、一人ぼっちで自然の驚異と戦いながら、自分の精神を正気に保ち、さらに、深く掘り下げ、高めていく展開は、もちろん人間にもぴったりあてはまり、ねずみゆえの寓話的辛らつさをともなって、胸にうったえかけてきます。

何不自由なく街で暮らしてきた知的な金持ち青年ねずみという設定も、シニカルなユーモアと、その迎える劇的な境遇の変化をきわだてている要素になっている感じがします。
アベルほど恵まれた生まれや賢さや精神的強さを持っていなくても、きっとアベルと同じ境遇におかれたなら、アベルと同じような手段を試し、同じような希望と絶望を味わい、同じような生活をこしらえ、同じように考えをめぐらせ、同じような思想にいきつくのではないか・・・と、思えるほどに、物語の導きが自然で巧み。
作者がまさか同じ体験をしたのかしらと思うくらいに、アベルの特別な一年が、確かな手触りと温度を持って伝わってきます。
アベルの自分だけの星が見守ってくれていると感じたり、遠く暮らすアマンダと心の通信をしていると感じたり、どうかすると非現実と思ってしまうような出来事も、アベルの物語の中ではメルヘンではなく、血の通った真実として感じられます。

作中のアベルが偶然発見した本のように、一度に読みきってしまうのはもったいないので、大切に楽しみに毎日一章ずつ読んで、アベルの季節を追いかけるのもよし、途中でやめるなんてとてもできないので、一息に読み通して、アベルの一年を凝縮して濃密に味わうのもよし。

物語を終えたあとのアベルが、この貴重な体験をこれからの人生にどう活かすのか・・・いくつかのヒントらしきものは描かれていますが、教訓をもつ寓話のような、具体的な描写はありません。
のどもとすぎれば・・・になってしまうのか、この経験をものにして大きく高く飛躍していくのかは、読み終えた心の中に続いていく大きな課題なのかも。もちろん、これからのアベルなら、きっとやってくれるでしょうけれども!

この物語は、ウィリアム・スタイグさんの物語として3冊めにあたるそうです。
「絵本でおなじみのほのぼのとした漫画調のさし絵がふんだんにはいっていますが、スタイグはこうした絵を、左手でしんじられないくらいのスピードで描きあげるのだそうです。」
とあります。
(『アベルの島』評論社 あとがき 麻生久美 より)
擬人化したねずみのアベルとアベルのおかれた状況を、わかりやすく、ひょうひょうと描いたさし絵は白黒。

原書は『ABEL'S ISLAND』Farrar, Straus & Giroux, Inc., New York とあります。1977年ニューベリー賞オナーブック、1979年オランダ、銀の石筆賞、1996年フェニックス賞受賞。
アマゾン洋書ではこちらなど。↓

 

『Abel's Island
(ハードカバー)』

Farrar Straus &
Giroux (J)
(1976/03)

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『おとなってじぶんでばっかりハンドルをにぎってる』セーラー出版 品切れ

『おとなってぶんでっかり
ンドルをぎってる』

ウィリアム・スタイグ作
木坂涼訳
セーラー出版
1999年
品切れ

おとなって、すぐにこうする。どうしてああしちゃうんだろ。じぶんばっかり!
子どものつぶやきを代弁する痛快な絵本。いつまでも子ども心を忘れないウィリアム・スタイグさんの絵本。

オンライン書店ビーケーワン:おとなってじぶんでばっかりハンドルをにぎってる

となって、どもをあわせにせたがるんだ。
となって、ぶんもかしはどもだったってならずいう。
となって、かるのがきみたい。
・・・

おとなのとなりで、ふとこぼれたこどものつぶやきを、もらさずあまさず描きとめた、スケッチ集のような名言絵本。
つぶさに観察される数々の痛快な場面たち、冷ややかにあびせられる痛烈な言葉たちを、拍手喝さいの子どもの気持ちで読むか、苦笑してうなるしかない大人の気持ちで読むか、みなさんはどちらですか?
あーのーねー、そうは言うけど、確かにおおせの通りだけど、それには、えー、まあ、一応それなりのわけがあってねー。そんな風に見えてしまうかもしれないけど、それは、ほら、そう、あんたたちのために、あんたたちを思って、うん。そうなんだから、うんぬん。シドロモドロ。
びしばしと鋭い指摘ですが、それに対するまっとうなイイワケ(?)を絵本の大人たちに代わって・あるいは代表して・考え出したり、大人と子どもの感覚のずれを思い出したり、思い当たったりと、読み方もさまざまで、結構くせになりそうな刺激です。

テキストの色づかいも、ピリッと刺激的。見返しのカラフルなストライプも好みです。

原書は『GROWN-UPS GET TO DO ALL THE DRIVING』1995 Michael di Capua Books/HARPERCOLLINS PUBLISHERS とあります。
アマゾン洋書ではこちらなど。↓

『Grown-Ups Get to Do All the Driving

(Picture Books)
(図書館) 』
Carolrhoda Books
(2003/09)

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